さいたま市の経緯

2001年に誕生したさいたま市、日本では9番目に人口が多い都市であり、内陸部では札幌市、京都市に次ぐ3番目の人口を誇る巨大都市として生まれ変わりました。内陸部県にある唯一の政令指定都市としても知られています。

浦和市、大宮市、与野市の3市が合併することによって誕生したこのさいたま市。2005年には岩月市も編入され、さらにその規模を増しました。しかし合併までの道のりは決して平坦なものではありませんでした。

さいたま市の構想は1980年にまでさかのぼります。埼玉県南部のゆるやかな連合を目的とした「埼玉中枢都市首長会議」が発足されたのが起点だとされています。その後90年代に入ると本格的に話がすすむようになり、住民の間でさまざまな意見が飛び交うようになりました。選挙においても論争の焦点となっており、最終的には政令都市化を目指す候補が各市町村の首長に当選するという形で合併の話が進められてきました。2000年9月5日に合併協定の調印式が行われ、議会において可決。2001年1月25日に官報が告示され、5月1日正式にさいたま市の発足となりました。

浦和、大宮といった全国的に知られる自治体が合併によって消滅すること、そして人口50万規模の大都市同士が合併するといったことが大きな話題となり、市町村の合併の是非を問う問題にまで発展したことは記憶に新しいところです。現在ではさいたま副都心をはじめ、開発と発展が目覚しく、合併の弊害の声は少なくなっている状況です。今後新たな歴史をどのように刻んでいくのか、全国的にも珍しい合併のケースとして注目を集めている状況です。